病院へ行こう

=2=


 「・・・あらまぁ〜、そ、それはお気の毒さま〜・・・(^o^)」


 入院手続きを看護婦さんと事務的に進めていく中での質問事項・・・

 「生年月日は?」

 「はい、明日です・・・25年前の・・・」

 「・・・・・・・・・・・」

 で、ありがたくも冒頭のお言葉を頂いたわけである。
 その看護婦さんの何の屈託もないこぼれんばかりの笑顔が余計にオレの虚無感を助長する。


 オレが入っていった部屋は、4人部屋だった。
 窓際の場所にベッドが置かれた。
 起きる事のできないオレを出迎えてくれたのは、窓一杯の空だった。
 色は・・・覚えていない。
 但し、イメージとしては一面灰色だった。それはあたかも当時の自分自身の心の中を表しているのであろう。
 ベッドの上のオレ。怪我をした左足首はシーネというギプスのようなもので膝下からつま先までを後ろ側から包み込むようにして固定されていた。その上から包帯でぐるぐる巻き。足先がうっ血しないように枕のようなものを下に入れ少し足が上がった状態になっていた。腕には各種点滴が繋がっていた。これぞまさしく「入院患者!」。自分がなんだか特別な存在になったような気が・・・してどーするっちゅーの!?

 その部屋に移ってからもかなりの時間オレは放心していた。
 改めて自分の犯してしまったこと。穴をあけてしまった仕事上の責任に対する自責の念。これからいろいろな人を自分の渦の中に巻き込んでしまうであろうこと。そして何よりも、自分自身の足の今後・・・等々が結論に到達する術を知らず、ただただぐるぐると宛てもなく回り続けているのみであった。
 しばらく一通り悩みまわして、あとはお得意の「まぁ、なるようになるさ!」で無理やり結論付け、あとは煮るなり焼くなり好きにしてくれー!と神さまに委ねることにした。

 部屋の中を見渡してみた。
 4人部屋ということは、あと3人がいるわけである。
 一人は50歳くらいのオヤジさん。この人は退院間近なのであろう、どこが悪かったのかはわからないが、洗濯洗剤をバーベル代わりに腕の屈伸をしながらリハビリ紛(まが)いのことをしながら看護婦さんの笑いを取っていた。
 もう一人はまだまだ若そうなお兄ちゃん。これまたどこが悪いのかはわからないがこれも退院間近なのだろう。懇意の看護婦さんにチョッカイを出していた。
 最後の人はやはり50歳くらい。見た目にもかなりの重症。ここにいるのもかなり長いのだろう。その原因を知って他人事とは思えない。明日は我が身…もしかしたら今回の自分もその可能性は大いにあっただろう・・・。聞くところによると、スクーターで信号待ちをしているところに後ろからトラックに追突されたそうだ。思いっきり脊髄損傷を被り、半身・・・どころか首から下の麻痺となってしまったそうだ。後に毎日訪ね来るその患者の奥さんに涙ながらの話しを聞いたオレ。思わずとても複雑な心境であった。世の中には必ず「運」というものが存在するのであろう、今回の自分の事故を回想していてそう思わずにいられなかった。


 「あれ?まだお家の方いらっしゃいませんかぁ?さっき連絡しておいたんですけど・・・」
看護婦さんが言った。
 「うちの母親呑気なので、まぁそのうち来るでしょう。」
と、オレも呑気に構えていた。
 看護婦さんとしては諸々の入院手続きやら説明をしなくてはいけなかったので気持ちはわかる。ましてや電話を入れてくれたのは午前中。そんな看護婦さんの思いとは裏腹に、あくまでもマイペースなうちの母親。

 待つことかなり・・・ようやくやって来た。
 しかもかなりの夕方ノコノコと・・・。

 「あらあら・・・どしたの?!」

 「どしたのじゃないって。遅すぎだっちゅーの!」

 「あら、電話の看護婦さんは”大した事はない”って言ってたから、用事を全部片付けてきたのよ〜」

 ・・・どこまでもマイペースなうちの母親・・・。
 ・・・しかし、これで頭が上がらなくなってしまった。オレの渦の中に巻き込まれてしまった不幸な母親・・・
 ・・・そんなオレは親不孝・・・
 ・・・でも、命を取り留めただけでも親孝行と思ってね☆・・・
 ・・・んにゃ、いっそ一思いに逝ってくれた方が・・・
 ・・・そ、そりゃねーぜ!カーチャン・・・

 こうしてスラップスティックな入院生活の初日は夜の帳が下りる頃、平静を取り戻しつつ、しかしそれは次なるドタバタ劇へのあくまでも序章に過ぎなかった事にまだ何ら気付いていないオレであった。まさに知らぬが仏とはこのことに尽きる。一体このあと、どうなることやら・・・。


 ところで、奇しくも次の日は「自身25歳の誕生日」であり、日曜日でもあった。そしてその日曜日には出掛ける予定があった・・・彼女と。彼女とだからデートかって?これぞまさしくバイクバカ。その当時は暇さえあればサーキット(レース場)へ行って、レースに出る事を目指し、日夜精進に励んでいた頃であった。そこに彼女を無理やり付き合わせてヘルパーをさせていたのであった。今思えば可哀想な事をしていたものだ。

 というわけで、夜には連絡を入れる約束になっていたのだが、彼女にしてみれば一向に連絡が来ない事を怪訝に思い、オレんちに問い合わせたそうだ。

 で、こんなんなりましたぁ〜 (。_)〃ドテッ!

 のちに聞いた話では、電話口で茫然自失失禁禁欲欲求求心心配配達達者で放心放水陶酔だったそうだ・・・○※〜×〆▽◎φξ・・・わっけわからん・・・
 で、うちの母親に「気を確かに!」と諭されたそうだ。

 あらあら、またここにもオレの渦の中に巻き込まれそうな人が・・・
 お悔やみ申し上げ候。。。(合掌)

 ・・・あくまでも他人事の張本人であった・・・

 ・・・きっといつの日か、これでもかというほどの天誅が下る日も近いであろう・・・


つづく
'02,2,9up
written by cow-boy


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